Fw:三川合流

11人でスタートです。県境復帰点まで行ってから皆で準備体操をしています。対岸には山崎のサントリーが見えます。
左岸を石清水八幡宮のある男山、右岸を明智光秀が羽柴秀吉を破った天下分け目の天王山に挟まれた地域で、桂川、宇治川、木津川が合流します。東から木津川と宇治川が合流し、ついで桂川が合流し淀川となります。
淀川水系全体の支流(支川)数は965本で日本一多い。
ところで川の右岸左岸はどっちでしょうか。実は、河川の上流から下流に向かって右側の岸を右岸、左側の岸を左岸という。
昔、上流に住む人たちは、くらしに必要な品物が、下流の町から舟で運ばれてくるのを、川を見つめて待ちわびたそうです。そのようなことから、川下に向かって右岸、左岸と呼ばれるようになったという説もあります。
もう一つ秀吉の苗字のうつり変わりを整理しておきましょう。
秀吉の苗字は、地位が高くなるにつれて、変わりました。
木下:伝説では、木下家に生まれたことになっていますが、苗字をもつほどの
身分の家だったかどうか、疑わしいといわれています。
羽柴(1573年から):先輩の丹羽長秀・柴田勝家の苗字からとりました。
平(1582年から):明智光秀をたおした後、「平秀吉」または「平秀吉朝臣」の名前で、いろいろな官位を受けました。
藤原(1585年から):関白になるとき、藤原氏の形だけの養子になりました。
豊臣(1586年から):学者を集めて調査させ、その中から選んだ苗字です。
と言うことで「山崎の合戦」の時は羽柴秀吉になります。

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